「ちょっとお前さあ…」
押し掛けてみると、大センセイは予想通りぼんやりとベッドに仰向けになっていた。
「まさか残りの全話、MP3音源テキストに起こして終わるつもりじゃないだろうなオイ。テープライターかお前は…」
あながち有り得ない話ではない。

『桐島センセーの今書いてるやつ、独特ねー

顔を見る度に嫌味を言ってくる先輩に、いつにも増して馬鹿にしたような口調で声をかけられた。
そのような(嫌味な)事を、あのような(嫌味な)顔で、ヤツに言いに行こうと思っていた矢先だった浅川は、一気に気持ちが萎えた。
オレがあいつに嫌味言ってどうするよ。
仮にも担当。
仮にも戦友。
仲間じゃねえか。
そう思い直して来てみたは良いが、萎えた気持ちがじわじわと復活してくれちゃうほど、サキの薄ぼんやりっぷりは輝いていた。眩しいぜ。


「今んとこ、クラブ女が最後?」
仰向けに寝転んだままそう言うと、 サキ
は煙草に火をつけた。
「いや、あの後2人見つかって話し聞けたらしいから…そろそろMP3添付メールくるんじゃないかね」
「まだ見つかんないんだ…」
深く吸って深く吐く。
口元に持っていった煙草を口元から離す瞬間、エアコンの風が、灰をひらひらと巻き上げた
のがオレの目に 映る。
オレに今見えているものが、彼には見えていない。
何故?
それは…、今、ここに彼がいないからではなく、彼がオレじゃないからだ。
そんなことは、わかっているはずなのに、サキはもう一度“何故?”と頭の中で繰り返す。
今オレに見えているものが彼に見えていないのは何故か、ではなく、彼がオレじゃないのは何故か、という意味の“何故?”だ。
そうやって、“何故?”の理由はズレていく。


「ところで、あと何日なんだっけか?」
「なにが?」
「連載だよ連載、お前…今なんの話ししてるかわかってんの?」
「確か、あと3回くらい」
浅川の余計な一言を聞き流しながら、サキは答える。
「くらいって…。ちゃんと話し終わんの?
オチってつくの?知らねーぞー」
ぶつぶつと悪態をつきながらノートパソコンの電源を入れ、携帯電話をその横に並べて置いた頃、サキは彼の隣に並んでソファーに腰を降ろしていた。
しれっとした顔をしつつも、新しい証言、MP3が気になるらしい。

「そうだ、ほら、例のプリクラ」





「ああ、あの女の子の?」
「そ」
「日付けは1月15日か…」
「つまり、失踪から8日目?9日目?この子んとこにいたってのは確実らしいね