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詩人はそれから何度も来たさ。
暗くて険しいいわやの城に琴の音色が響いたよ。
いつしか詩人は偉大な王とすっかり懇意になっていた。
相も変わらずおどけちゃいるがそこはさすがの歌うたい。
誰より歌がうまくって魔物の国じゃ一番だ。
詩人はときどきふいっと消えて、遠いどこかに旅に出た。
旅の途中でまた新しいうたを書いたり覚えたり。
帰ってくるたび新たな歌を魔王の足下そっかで歌ったさ。
魔王はすっかり『 人間 』の詩人が好きになってった。
詩人はいくつも歌っていたよ。
鳥の鳴く歌。
風の歌。
偉人を讃える賞賛歌。
子守の歌に仕事歌。
喜び歌う晴の歌。
涙こぼれるせつない哀歌。
たまにはちょっぴりスパイスを効かせて惑わす色気歌。
中でも陛下がお好みなのは、甘くて軽い恋の歌。

「『 恋 』とはどういうものだろう。」

いくら詩人と話をしてもこれがちっともわからない。
何でも『 人間 』たちでさえ、なかなかわからぬものだとか。
わかったような、わからぬような、知ったと思って誤解して、なおなお悩むものという。
とても二言三言では説明できないものらしい。

「『 恋 』とはどんなものだろう。」

詩人が歌う恋歌はどれも甘くて楽しそう。
ときにせつない想いさえひどく綺麗に思われる。

「何をお聞かせいたしましょうか?」
「そうだな、『 恋 』の歌がいい。」

心惑わす『 恋 』なんてしたことのない魔王様。
憧れは甘い恋の歌。
深けゆく夜半の慰みに詩人がつむぐその歌は、甘く可愛く軽やかでくすぐるようなものばかり。



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