episode I
 とある国。

 ツェファンは、会議室へ繋がる廊下を歩いていた。やや苛立った様子で、早足で歩く。 妙に長い廊下だった。

「今日こそはハッキリさせてやる・・・!」

 厳しい表情で呟く。

 そこは戦乱の中、地下に建てられた国だった。 地下シェルターの安全性が信用され始めた頃、国ごと地下に避難したのだ。 この地下国家は、いくつかの層より成る層構造になっている。 そして地下深くへ行くほど、重要な施設が造られていた。

 今、ツェファンがいるのは最深部に近い層。国の政治に深く関わる場所だ。

「人類を救う為にも、私の研究は必要とされるべきなのだ・・・」

 金属製の扉の前に立つと、扉は自動で大きく開いた。 肩を怒らし、颯爽と部屋に歩み入るツェファン。

「遅いぞ、ツェファン」

 部屋に入ると縦長のテーブルが置いてあり、その両側に何人もの人間が座っている。 そして、入り口から最も遠いテーブルの端、部屋に入ってきたツェファンと向かい合う位置に座る男が、彼を睨みつける。

「くだらん会議より、優先すべき事があるのでな」

 ツェファンは入り口に近い方の端に座った。腕を組み、正面の男を睨み返す。 その男は、実質的にこの国の指導権全てを握る男。威風堂々とした態度は、まさに王者の風格であった。

「またあの研究室に籠っていたのか?」

 彼は言った。

「それが無駄かどうかは、直に分かる」

 と、ツェファン。

 ツェファンは、まだ若い男だった。軍の将校にして、政治に対しても大きな権力を持つ男。 どちらにしても、若すぎた。国が始まって以来の天才。 身分の高いものほど彼を疎んじ、その言葉を聞き入れようとはしない。

「おっと、言い争いは後だ」

 王たる男が言った。

「今回話し合うべき事は、まさにその事・・・『トロイ』についてなのだからな。 話し合うまでも無いとは思うが、この際はっきりさせておくべきだ。  ・・・ツェファン、薬は飲んでいるな?」

「さあな・・・」

 ツェファンは正面の男の顔を窺い、しばらく黙る。

「・・・まあいい、始めよう」

 王は視線を歪めた。

「では、今回の議題は・・・」

 出席者の一人が尋ねる。

「ツェファンの研究についてだ。“人類を救う計画”・・・そう言っていたな」

 王が答える。

「それに問題があると?」

 挑発的な態度のツェファン。

「私の意見ですが・・・」

 一人が発言する。

「現代の荒廃した世界は、発展した“文明”が生み出したもの・・・『ゴスペル』に端を発すると聞きます。 その世界から人間を救う為に同じ“文明”を用いるなど・・・」

「私は兵器を造ろうと言うのではない」

 すかさず、かつ落ち着いて、ツェファンが横槍を入れる。

「ですが拝見した研究内容には、似た部分もあります」

「そもそも、人を救う研究という発想が理解できん・・・」

「我々の力で人すべてを救えるなどとは、到底思えませんな」

 ツェファンの考えは、受け入れられなかった。

「ならばどうするのだ?」

 それでもツェファンはその態度を崩さず、声高らかに言った。

「文明を捨てろとでも!? 今この生活が文明によって成り立っていることを忘れたか?  文明を捨てることは、人であることをやめることなのだ。文明の力こそが、人を救う“福音”となる。 それが理解できないと?」

「・・・ツェファン」

 王は言う。

「文明を捨てろとは言わん。だが、それで人全てを救うことなど、不可能なのだよ。この時代を生きるには戦うしかない。 我々だけでも生きることが出来れば、それが最善なのだ」

「・・・戦う?」

 ツェファンの表情が歪む。

「文明を、人殺しに使うか。悪魔が・・・」

「悪魔、だと!?」

 王が立ち上がる。

「ああ、悪魔の福音を聞き入れたのだろう!? どこまでも、争いに生きるというのなら!」

「慎め、ツェファン!」

「黙れ!」

 ツェファンは腰に提げていた銃を引き抜いた。

「私は、人間として戦う!」

 腕を真っ直ぐ伸ばし、引き金を引く。

 直後、弾丸が王の額を突き抜けた。 王の体は背もたれに叩きつけられ、空虚な瞳で天井を見上げたまま動かなくなった。

 一瞬の沈黙。

「ツェファン、貴様・・・狂ったか!」

 出席者全員がツェファンを睨む。

 ツェファンは剣を抜いた。

 それからしばらくして、その国は滅びた。

←Top   prologue/1/2/3/episode1/4/5/6/episode2/7/8/9
TOP