とある国。
ツェファンは、会議室へ繋がる廊下を歩いていた。やや苛立った様子で、早足で歩く。
妙に長い廊下だった。
「今日こそはハッキリさせてやる・・・!」
厳しい表情で呟く。
そこは戦乱の中、地下に建てられた国だった。
地下シェルターの安全性が信用され始めた頃、国ごと地下に避難したのだ。
この地下国家は、いくつかの層より成る層構造になっている。
そして地下深くへ行くほど、重要な施設が造られていた。
今、ツェファンがいるのは最深部に近い層。国の政治に深く関わる場所だ。
「人類を救う為にも、私の研究は必要とされるべきなのだ・・・」
金属製の扉の前に立つと、扉は自動で大きく開いた。
肩を怒らし、颯爽と部屋に歩み入るツェファン。
「遅いぞ、ツェファン」
部屋に入ると縦長のテーブルが置いてあり、その両側に何人もの人間が座っている。
そして、入り口から最も遠いテーブルの端、部屋に入ってきたツェファンと向かい合う位置に座る男が、彼を睨みつける。
「くだらん会議より、優先すべき事があるのでな」
ツェファンは入り口に近い方の端に座った。腕を組み、正面の男を睨み返す。
その男は、実質的にこの国の指導権全てを握る男。威風堂々とした態度は、まさに王者の風格であった。
「またあの研究室に籠っていたのか?」
彼は言った。
「それが無駄かどうかは、直に分かる」
と、ツェファン。
ツェファンは、まだ若い男だった。軍の将校にして、政治に対しても大きな権力を持つ男。
どちらにしても、若すぎた。国が始まって以来の天才。
身分の高いものほど彼を疎んじ、その言葉を聞き入れようとはしない。
「おっと、言い争いは後だ」
王たる男が言った。
「今回話し合うべき事は、まさにその事・・・『トロイ』についてなのだからな。
話し合うまでも無いとは思うが、この際はっきりさせておくべきだ。
・・・ツェファン、薬は飲んでいるな?」
「さあな・・・」
ツェファンは正面の男の顔を窺い、しばらく黙る。
「・・・まあいい、始めよう」
王は視線を歪めた。
「では、今回の議題は・・・」
出席者の一人が尋ねる。
「ツェファンの研究についてだ。“人類を救う計画”・・・そう言っていたな」
王が答える。
「それに問題があると?」
挑発的な態度のツェファン。
「私の意見ですが・・・」
一人が発言する。
「現代の荒廃した世界は、発展した“文明”が生み出したもの・・・『ゴスペル』に端を発すると聞きます。
その世界から人間を救う為に同じ“文明”を用いるなど・・・」
「私は兵器を造ろうと言うのではない」
すかさず、かつ落ち着いて、ツェファンが横槍を入れる。
「ですが拝見した研究内容には、似た部分もあります」
「そもそも、人を救う研究という発想が理解できん・・・」
「我々の力で人すべてを救えるなどとは、到底思えませんな」
ツェファンの考えは、受け入れられなかった。
「ならばどうするのだ?」
それでもツェファンはその態度を崩さず、声高らかに言った。
「文明を捨てろとでも!? 今この生活が文明によって成り立っていることを忘れたか?
文明を捨てることは、人であることをやめることなのだ。文明の力こそが、人を救う“福音”となる。
それが理解できないと?」
「・・・ツェファン」
王は言う。
「文明を捨てろとは言わん。だが、それで人全てを救うことなど、不可能なのだよ。この時代を生きるには戦うしかない。
我々だけでも生きることが出来れば、それが最善なのだ」
「・・・戦う?」
ツェファンの表情が歪む。
「文明を、人殺しに使うか。悪魔が・・・」
「悪魔、だと!?」
王が立ち上がる。
「ああ、悪魔の福音を聞き入れたのだろう!? どこまでも、争いに生きるというのなら!」
「慎め、ツェファン!」
「黙れ!」
ツェファンは腰に提げていた銃を引き抜いた。
「私は、人間として戦う!」
腕を真っ直ぐ伸ばし、引き金を引く。
直後、弾丸が王の額を突き抜けた。
王の体は背もたれに叩きつけられ、空虚な瞳で天井を見上げたまま動かなくなった。
一瞬の沈黙。
「ツェファン、貴様・・・狂ったか!」
出席者全員がツェファンを睨む。
ツェファンは剣を抜いた。
それからしばらくして、その国は滅びた。