VIII
 トロイはナイトレクイエムを抜き、念入りに状態を点検した。 そして、それを手に持ったまま最初の一歩を踏み出す。

 巨大な建物の中に足を踏み入れると、冷たく鋭い空気を身に感じた。

「・・・ありがちな場所を選んだな」

 トロイが呟く。

 そこは、大戦初期に使われていた工場の跡だった。 D-24シェルターを出て、すぐ近くにある廃墟のひとつである。 今は全ての設備が地下に移され、抜け殻になった建物。 必要無いと判断されたらしい物品が散乱し、隠れ家としては悪くない。

 実際、トロイの右側にはコンテナが積み上げられており、 その奥の様子は把握できない。 正面もしばらく先はコンテナに突き当たっている。 左側にも様々な物が点在しているが、こちらは比較的見通しが効く。

 とりあえず、右方向の様子を確認することにした。 天井の様子から判断して、そちらが一番広い。

 一歩一歩、歩を進める。 積まれたコンテナが視界を遮っているのは途中までだ。 しばらく進めば、より広くが見通せる。

 そして、右の空間が開けた直後、何かを感じたトロイは瞬間的に身を引いた。 ギリギリでコンテナに背を向けて隠れた彼の右肩が、何かに引っ掻かれたかの様に裂ける。 銃弾がそこを掠めていた。

 マントの裂け目を中心に、血が滲む。

 トロイは、細長い溜め息をひとつついた。

「俺を殺す為に、ここを選んだわけか・・・」

 そう呟いた後、一瞬の後に再び障害物の隙間へ踊り出る。

 すると、すかさず二発目の発砲。 それは音も無く発射されたが、トロイが僅かに身を傾けると、空を切って床を跳ねるだけ。 次の瞬間、トロイはナイトレクイエムの照準を合わせ終えていた。

 前方右斜め上。作業場を見渡す為、高所に備えられた足場の上に、その男はいた。

 渇いた銃声が響き、男は足場から転げ落ちる。 その直前に三発目の銃弾を放っていたが、それはトロイの隣にあるコンテナに当たった。

 銃声を聞きつけたのか、すぐに別の二ヶ所の足場上に人影が現れる。

 トロイは瞬時にそのうち一人に狙いをつけ、撃った。 ほぼ同時に二人が撃ち返し、それを予測していたトロイは間一髪で避け、走る。 そしてすぐに物陰に隠れた。

「手ごたえ無し、だな」

 そう言いながら、誰もいない正面に銃を向ける。

 次の瞬間、目の前の物陰から男が飛び出してきた。 ちょうどナイトレクイエムの真正面に止まり、そのまま頭を撃ち抜かれる。

 床に転がった死体を跳び越え、物陰から物陰へと移るトロイ。 途中で二、三発の銃弾が脇を通り過ぎたのを見て、足場の上から彼を狙っていた男を一人、撃ち殺した。

 それから再び一息つく。 その位置からは、入り口とは反対側の壁がある程度確認できた。

 それを確認するや否や、トロイは全速力で走り出す。 並の人間では追いつけないほどの速度。 足場の上の二人が撃ったが、まったく当たらなかった。

 トロイはさらに走り、扉の直前で止まる。 やはり、足場上の二人からは見えない位置。

 ひと呼吸置いて、扉の前に出る。

 予めそこに待ち伏せていた男が、トロイに銃を向けた。 標的の胸に狙いを合わせ、撃つ。

 だが、銃弾は瞬間的に右腕を上げたトロイの腕輪に当たり、弾かれた。 その跳弾が壁に当たるのと、男が額を撃ち抜かれるのが、ほとんど同時だった。 男の体は力が抜けて崩れ落ちる。

 間髪入れず、ナイトレクイエムが扉の取っ手を吹き飛ばし、トロイはその扉に体当たりして部屋に転がり込んだ。

 ナイトレクイエムから手を離し、ナイトブレイドの柄に手を掛けて軽く構える。 そして、その部屋に誰もいないことを確認してから、扉を閉めた。

 どうやら、その部屋は物置だった場所のようだ。 壁に、品物のリストらしき紙が貼られている。 風化していてほとんど読めないが、少なくとも読める部分には、兵器の名前ばかりが書かれているのが分かる。

 トロイはナイトレクイエムを拾い上げ、弾倉を予備のものと交換してからホルスターに収めた。

 作業を終え、改めて部屋を見渡す。 ほとんど何も無い部屋。恐らく空であろう、金属の箱が数個、置いてあるだけ。 その箱は子供の身長くらいの大きさがある。

 トロイは、箱のひとつに腰掛けた。 入り口を正面に構える格好で座り、足を組む。

「久しぶりだな、使うのは」

 そう言うトロイのマントの中から、大型の武器が姿を現した。 そのマシンガン『ララバイ』のグリップに手を掛け、しばらく待つ。 トロイの目に、獲物を待ち受ける獣のような、残忍で狡猾な光が垣間見えた。

 部屋の外では、何人かの声が叫んでいるのが聞こえている。 トロイは『ララバイ』を撫でながら、待った。  やがてその声も聞こえなくなり、静かになる。

 そして突然、入り口の扉が蹴り飛ばされた。

「追い詰めたぞ!」

 そんなことを叫びながら、大勢の男達が駆け込んでくる。

「まとめて“おやすみ”だ・・・」

 男達が身構える暇も無くララバイが彼らに向けられ、そのトリガーが引かれた。

 連続で響く発砲音。

 無骨な銃身から次々と銃弾が放たれ、人間の体などそこに無いかのように直進する。 最初の数十発を逃れた数人が左右に散らばって銃を構えるが、一撃すら放つことなく、正確に狙いを定める銃口の前に倒れた。 さっきまで扉があった空間を中心に、一方の壁が急速に崩壊し、その奥に積まれたコンテナにも無数の穴が開く。

 その衝撃の中、トロイは依然、平然とした顔で座っていた。 ララバイのトリガーに指を掛けたまま。

 ほんの数秒で惨劇は終わり、沈黙が訪れた。

 一人の旅人を殺そうとしていた男達の体は、完全に力を失って倒れている。 辺りは赤く染まり、血の匂いが漂っていた。

「こんな物でも、あれば役に立つ・・・。使うたびにそう思う」

 トロイは独り言を言った。

 そしてララバイを箱の上に残したまま、床に立つ。いくつもの死体の脇を通って部屋を出た。

 元の静寂に包まれている工場。トロイはナイトレクイエムに手を掛け、辺りを窺う。その瞬間、背後に人の気配。

 トロイは振り向いて銃を抜き、構えようとする。 が、すかさず放たれた相手の銃弾を防ぐのが精一杯だった。 ナイトレクイエムで銃弾をはじいたものの、衝撃でナイトレクイエムもはじき飛ばされた。

 それに怯むことなく、剣を抜いて瞬時に敵との距離を縮めるトロイ。 敵が二発目を撃とうという時には、互いに相手を目前に認めていた。

 二発目の銃声が響く。

 その弾丸は、走りながら体の向きを変えたトロイに当たることは無く、 直後に、銃を持った男の手が壁に串刺しにされる。

 廃工場に、金属の塊が落ちる音と絶叫が響く。

「質問に答えろ」

 ナイトブレイドを持つ手の力を緩めることなく、脅しを含めた声で語り掛けるトロイ。

 相手は、金色に染めた髪と鋭い目つきが目立つ男。その胸には銀色の十字架が光っている。 串刺しにされた右手からは血が溢れ、赤く染まっていた。 にも拘らず、彼は抵抗する様子を見せない。

「お前がリーダーだな?」

 男は無言で頷いた。それから、

「ああ、そうだ。 ・・・嘘じゃない」

 と、痛みを堪えて言った。

「・・・殺さないのか?」

 トロイの反応が無いのを見て、男が尋ねる。

「・・・死にたいか?」

 その質問によって目を醒ましたかのように、トロイが答えた。

「ふざけやがって・・・。時間に余裕があるなら、ひとつ聞かせろ・・・何故、俺達を狙う?」

「知らんな。D-24のマスターから請け負った“仕事”だ」

 それを聞いた男の表情に、驚きの色が浮かぶ。 そして、頭をもたれて自嘲気味な笑みを漏らした。

「・・・こっちのブツを流してんのもマスターだぜ? 誰から金を受け取ってやがる・・・」

「・・・・・・」

 やがて、男は観念したように顔を上げる。

「お前は・・・人を殺すんだな」

「・・・何が言いたい」

「さぁな、何が言いたいんだろうな・・・ただな、」

 不意に、気の抜けていた男の目に力が戻る。

「ここで死ぬ訳にはいかねぇんだよ・・・!」

 言うと同時に男は左手に拳銃を握り、トロイの顔面を狙い、撃った。

 トロイはナイトブレイドを引き抜くと同時に上半身を捻って避ける。 男の言葉を聞いてもトロイの表情は変わらず、容赦も迷いも無い。

 男の心臓に、刃が突き立てられた。

TOP